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金昌宏の散歩ブログ

ファッションデザイナー金昌宏が趣味で続ける散歩にまつわる話題をつづっています

目黒行人坂~瀧泉寺

目黒駅~行人坂

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仕事が終わって目黒駅に戻ってきました。打合せの時に目黒という地名の由来を話していて、久しぶりに目黒不動尊にお参りしようと思いたち行ってみることにしました。 目黒駅西口から五反田側の脇道に入り細めの坂を下り始めます。この坂を行人坂といい、江戸時代に権之助坂が開かれる前は、二子道として江戸市中から目黒筋に通じる大切な道で、目黒不動や目黒大鳥神社、碑文谷円融寺などへの参詣や目黒の農産物を江戸に運ぶ交通の要でした。行人坂の名の由来は17世紀前半、湯殿山の行者の大海法印が 大日如来の堂を建て、「大円寺」の元を開き坂を開いてから、行者が多く住んだ為だと言われています。この行人坂を一躍有名にしたのは、江戸三大大火の一つといわれる 明和の大火(1772年)の出火元が坂の途中にある「大円寺」で、出火した炎は南西からの風にあおられ、麻布・京橋・日本橋を襲い、江戸城下の武家屋敷を焼き尽くし、神 田・千住方面まで燃え広がり駒込・根岸も焼き、死者は15000人もいたそうです。坂の中腹にある「大円寺」の門を入ると、左斜面に、幾段にもずらりと五百羅漢の石仏が並 びます。火事の犠牲者を弔うために、石工が50年もの歳月をかけて完成させたものです。右側には放火話で知られる「八百屋お七」の碑があります。山手七福神の「大黒天 」を祀るお寺でもあり、石の七福神像も並んでいます。ご本尊は、清涼寺式釈迦如来立像です。お参りを済ませて、目黒川まで行くと、結婚式場・ホテル・レストランなどの複合施設「目黒雅叙園」があります。昭和の初めに日本国内最初の総合結婚式場としてオープン、木造(旧館)の目黒雅叙園太宰治の小説『佳日』にも登場します。歌川広重の浮世絵にもある「目黒行人坂 太鼓橋」を渡り、暫く行ってコンビニエンスを左折、山手通りをわたりました。

目黒不動尊瀧泉寺

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目黒不動交差点を道なりに入って行くと、昭和の匂いを残した商店街が始まります。ここら辺には神社仏閣がいくつかありますが、見えてきたのが「たこ薬師成就院」。858 年、慈覚大師円仁が開山したと伝えられて「蛸薬師如来」は1000年以上も前から“疾病除の仏”として崇められいます。蛸のイラストとお地蔵さんが目を引きます。正月に は人が混みあう商店街も、平日は地元の人がのんびり歩いています。角の「にしむら」は目黒で有名な鰻屋さん。タレの焼ける強烈な誘惑を振り払って右折したところが、 目黒不動尊の山門です。「目黒不動尊」の正式名称は天台宗泰叡山「瀧泉寺」。808年に慈覚大師円仁が下野国から比叡山に赴く途中に、夢に出てきた不動明王を彫って安置 したのが始まりといいます。江戸五色不動(目黒・目白・目赤・目黄・目青)の一つで江戸三十三箇所第33番札所。まず、仁王門前にあった恵比寿神を祀る三福堂で合掌、 池に群れる亀に見とれてしまった。立派な仁王門を潜ると正面に参道の階段。その左に「水かけ不動明王」、奥には不動行者の水垢離場として利用されてきた「独鈷(どっ こ)の滝」、階段を登って正面の本堂で参拝しました。境内は広いので、ゆっくりと前不動堂・勢至堂・書院・地蔵堂・観音堂・阿弥陀堂を見て回りました。この境内に来ると、濃厚で力強いパワーを感じます。たっぷり元気を分けていただき、山手通りからバスに乗って戻りました。

[目的地]目黒行人坂~瀧泉寺

[URL]http://park6.wakwak.com/~megurofudou/

[住所]東京都目黒区下目黒3-20-26